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ちょっとお久しぶりです。
先日、自宅のPCが壊れてしまい、ようやく買い換えてやっとブログも更新できます(このブログはとかく文章が長いから携帯とかで更新する気になれないw)。

仁のネタはないけど、こんな時こそ他のネタが肝になるこのブログw

7月13日付の日経新聞朝刊「文化」コーナーにておもしろい記事があって、少々仁と通じるものを感じたので、今回はそのご紹介。

たぶん、このブログをご覧の皆さんの中には70年代に一世を風靡した兄弟5人のボーカルグループ「フィンガー5」をご存じの方も多いのではないかしら?

メンバーは、長男・一夫、次男・光男、三男・正男、四男・晃、次女(だったそうです、紙面によると)妙子。(敬称略)
沖縄出身の玉元きょうだい5人組でした。
メインボーカルを務めていた晃(←いつもサングラスw)と妙子は中学生になるかならないかくらいでしたよね。

紙面には三男・正男氏の談話(をまとめたものだと思う。一応エッセイ風になっているがw)が掲載されてました。

玉元兄弟のお父さんは、まだ日本返還前だった沖縄で米兵専門のバーを営んでいたそうです。
そういう環境で育った玉元兄弟は日本の歌謡曲など聞いたこともなく、実は彼らのルーツは海外のR&Bやソウルなどに代表される黒人音楽だったとか。(へぇ~)
68年に長男・次男・三男の3人でベンチャーズなどをコピーするバンドを結成。その後、晃と妙子も加わり、ジャクソン5など洋楽ばかりを演奏していた。

米兵(つまり米国人)は子供だからといって容赦しない。
演奏がだめならブーイングが飛ぶ。


時代も環境も違うとはいえ、これを聞いただけでもやっぱりアメリカンショウビズ界の厳しさを改めて感じた。
つまり、本来仁が目指していたはずの世界はそういうところだよね。

さて、話を戻すと、玉元きょうだいは沖縄のTV局のコンテストで優勝したのを機に上京、横田や立川の米軍キャンプを回って演奏していたとか。(へぇ~)
実は下積みが長いフィンガー5。

70年にキングレコードからデビューして4枚のシングルをリリースしたものの、鳴かず飛ばず。(へぇ~)
米軍キャンプでR&Bやソウルを演奏して大受けしてきたのに、一方、日本で周囲が求めるのは(言うてみれば年相応のw)子供っぽい曲ばかりで本人たちはフラストレーションを感じていたそうです。

72年、だめなら沖縄に帰ることを視野に入れて受けた日本フォノグラム(現ユニバーサルミュージック)のオーディションで、どうせ最後なら好きな曲をやろうと、ローリング・ストーンズの「Jumpin' Jack Flash」を演奏したところ、それを聞いた作詞家の阿久悠(故人)&作曲家の都倉俊一(70年代歌謡界のゴールデンコンビです)の目に留まり、この出会いによって生まれたのがあの「個人授業」。(←紙面では「ソウルフルなポップス」と表現されてました)

阿久悠・都倉俊一と出会って、ようやく自分たちの音楽性を理解してくれる人に出会えた、と嬉しかったそうです。

ところが数々の大ヒット曲の代償は、睡眠時間2~3時間の日々。
75年になるとハードスケジュールに体が耐えきれなくなり(「盲腸を患っても休めなかった」とはいったいどゆこと・・・!?涙)、休養も兼ねて半年間アメリカに留学

帰国後、メインボーカルの晃が変声期を迎えていたこともあり、方向変換を図って楽器演奏を中心に大人向けの音楽に変えようとしたものの(←つまり原点に戻ったわけですね)ファンの求めるものとは違っていた。 ←実際のところ、時代の変化もあったと思う。

そうこうするうちに、メンバーが1人、2人と抜け、78年、フィンガー5は実質的に活動休止となった。
ちなみに、今も音楽活動を続けているのは正男と晃だけだそうです。

米国音楽に色濃く影響を受けていたり、アメリカに半年留学したり(笑)、本当は大人向けの音楽をやりたいのに、ファンの理解を得られなかったり・・・など、そういうミュージシャンがかつて日本にいたんですね。
あのフィンガー5にそんな葛藤があったとは知らなんだ。

仁も・・・半年間アメリカに留学して、一度は元さやに収まったものの、結局はファンの求める形(KAT-TUN)に収まりきることはできなくなってしまった。

まぁ、仁の場合はその音楽性が「ファンの理解が得られない」というわけではないですけども。ていうか、今も仁を応援し続けているファンからは概ね理解は得られているとは思いますが(笑)。

とはいえ、フィンガー5にしろ、仁にしろ、スタートが「アイドル系」だったから、そういうものを求めるファンがいても致し方ないというか・・・(個人的にはそれはそれでいいんじゃないの?とは思ってます。人の心は自由ですから)。

ミュージシャンが必ずしもファンの思い通りになるものではないのと同様、ファンがミュージシャンの思い通りにならなきゃいかん、というものでもないと思っておるので。お互い様とでも言おうか、「相思相愛」は理想の形ではあっても、結局「人の心は自由」という結論にたどり着く(笑)。
愛があれば寄り添えるけど、ファンとアーティストの関係、別に無理して寄り添うものでもない。

あれ、なんか話が脱線してしまったなw

まぁ、理解されようがされまいが、音楽は心。魂の叫び。
好きなようにやるしかないでしょ。




私がセクゾン(中島健人)を応援しているのは周知の事実ですがw
セクゾンもさぁ、時々すごく子供っぽい曲(いかにもアイドル歌謡的な曲)をやらされてるのを見ると、なんか複雑な気分になります。
青春真っ只中のwバリバリ現役アイドルグループのなんだから、これがアイドルの「通常営業」なんだ・・・と思ってもね、かつてのカツンなんかは結構アダルティ路線wというだけでなく、独特の音楽性で売っていただけに、ジャニーズといえばカツン育ちwの私にとっては、アイドル丸出しの曲には正直違和感を覚えてしまいます(苦笑)。

アイドルさんたちも、アイドルだからってアイドル歌謡的な曲で満足できるとは限らないし、アイドルも楽じゃないんですよ。
あ、だから仁にはアイドルは務まらなかったのねww

つーか、SPEEDとか年齢は若かったけど、結構年齢不相応なくらいに大人っぽい曲歌ってたね。
GO!GO!HEAVENとか初めて聞いた時「成熟した果実のように」「欲望に正直なだけ」「満たされてたい」でしたか?w
まだ小中学生で年齢的に未成熟だった彼女らを逆に「成熟した果実」に見立てているところとか、衝撃的でありましたw
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Author:アマノン
2003年7月25日のMステで仁と出会う。ジャニーズのくせにビブラートをかけられる歌声に感心し、なおかつ誰よりもしなやかな腰使い(笑)のダンスに心底魅せられる。以来3年間、密かにライトなファンを続けるも、2006年10月以降「休業」による飢餓感から某tubeで過去映像を漁り、仁に完堕ちして現在に至る。
自分の視点で仁への思いをブチまけたくて始めたブログです。
東京都在住。出版社勤務。

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