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しなやかな感性でアメリカ市場を泳いでいけ
10日ほど前に高校時代の友達と会った時、デフ・レパード(80年代から活躍するイギリスのハードロックバンド)が来るよ!という話を聞き、一緒に行こうよ!ということになった。
ただ、その時は友達もいつ来日してライブはどこの会場でやるのかも把握しておらず、「どうせ武道館でしょ?」などと話してたんですが、後で調べてみたら11月に東京フォーラム(ホールA)。ちなみにチケット取れました(笑)。

さて、それがキッカケでデフレ(私は昔からデフレと略すがデフレパとも言うw)のことを久々にあれこれ検索していたら、気になる記述があった。
その前に、デフレのことをちょこっと解説。

Def Leppardは1980年デビュー。2枚のアルバムをリリースした後、1983年にリリースした3rdアルバム「PYROMANIA」(邦題:炎のターゲット)が全世界(特にアメリカ)で1000万枚以上を売り上げる大ヒットとなり一躍スーパーバンドの仲間入り。
このアルバムのプロデューサーはAC/DCやフォリナー等の大ヒットアルバムを数々手掛けたロバート・ジョン“マット”ラング(通称:マット・ラング)。

3rdアルバムの大ヒット以降(正確に言えば2ndからラングがプロデュースしていた)、ラングは「6人目のメンバー」とまで言われ、バンドはその後ドラマーが交通事故によりあろうことか片腕を失ったり、さらにその数年後には今度はギタリストの一人が亡くなったりと、様々な逆境を乗り越えながら共に歩んでいくことになる。


さて、気になる記述とは今さらながら知った事実。
ラングは3枚目のアルバムから新たなスタイルを導入し、「リズムマシンや何度も重ねた分厚いコーラスを導入しようとした」が、これにメンバーは当初猛反発したという。
当時のデフレといえばアルバムを2枚出した程度の、まだまだ業界では青二才だったでしょう(年齢的にも全員二十代前半の若造wだった)。
ラングとメンバーの間にどんなやりとりがあったかは知る由もない。
しかしそれが結果的には吉と出、作品はハードな中にもメロディアスでポップな親しみやすさ、ドラマティックな展開を併せ持ち、ロック史上に残るmasterpieceとなった。それゆえ既存のハードロックファン以外にも大いに受け入れられ(=新しいファンの開拓に成功)、商業的に大ヒットをおさめたのみならず、音楽的にはこの3rdアルバムがその後のデフレの礎(いしずえ)となったのは疑いようもないところ。
※ちなみに、「それまでアメリカでは敬遠されがちだったこの種の音楽をアメリカ人たちに認めさせたという点で,他のバンドよりもワン・ランク上の評価が与えられている」らしい。

特に分厚いコーラスはデフレの音楽の大きな特徴ともいえる部分で。
その後(彼らの作品では)当たり前になったことが、当初はそんなに反発があったとは、私にとってはとても意外なことでした。

しかし自己を主張するだけでなく、時には他人の話に耳を傾け、時には意に染まぬことでも受け入れる必要性もあるいは生じるかもしれない。
でもそのことで、商業的な面だけでなく、創作面でも新たなる扉が開けることもあるかもしれない。

仁の全米デビュー盤のプロデューサーも「21世紀のマット・ラング」(笑)とでもいえるようなヒットメーカーの大物の方のようですし、そんな人を前にすれば仁などまだまだ青二才といってもいいでしょう(笑)。
言いなりになれって言ってるんじゃないの。
仁にもこれまでのキャリアがあり、その上に仁のアイデンティティーがある程度確立もされてることもわかってる。
ただ、俺流に固執するだけでなく、俺流をベースにして、なおかつ俺流の殻を打ち破ってほしい。
これからアメリカの音楽業界で揉まれて、そんな一皮むけたJin Akanishiを聴いて(見て)みたいと思うのだよ。

デフレの1エピソードからそんなことを考えたのでした。
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Author:アマノン
2003年7月25日のMステで仁と出会う。ジャニーズのくせにビブラートをかけられる歌声に感心し、なおかつ誰よりもしなやかな腰使い(笑)のダンスに心底魅せられる。以来3年間、密かにライトなファンを続けるも、2006年10月以降「休業」による飢餓感から某tubeで過去映像を漁り、仁に完堕ちして現在に至る。
自分の視点で仁への思いをブチまけたくて始めたブログです。
東京都在住。出版社勤務。

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