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2012/08
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天晴れ!
先日、プロゴルファーの岡本綾子さんのことを調べていて、彼女の経歴を知るにつけ、感銘を受けるところがありました。
80年代前半、単身アメリカのプロゴルフ界に乗り込んで行った彼女。世界のAyako、ですよ。
ゴルフのことなんか全然わからなかったけど、当時は女性のプロスポーツプレイヤーが本格的に海外で腰を据えて活動するというのはかなり珍しかったこともあり(女子プロゴルフ界でいえば、77年の樋口久子氏による全米女子ゴルフ制覇の偉業はあったものの)、綾子さんの勇気と英断には「アッパレ!」と心からエールを贈っていたのです。そう、今でも私にとって女性のプロゴルファーと言えば、「世界のアヤコ」と言えるほど、強烈な印象がある(笑)。82年頃だったか、アヤコが初めて米ツアーで優勝(記憶が間違ってなければアリゾナだったかな??)した時は、嬉しくてしょうがなかったなぁ。いや、嬉しいことは嬉しかったけど、それ以上にもう超尊敬でした。

(以下wikiより抜粋)

岡本 綾子(おかもと あやこ、1951年4月2日 - )
樋口久子らと共に日本女子ゴルフの基盤を築いた名選手である。日本の女子選手で初めて本格的にアメリカLPGAツアーに参戦した選手としても知られる。
ソフトボールの強豪・愛媛県今治明徳高校に特待生として進学。同高校卒業後、ソフトボール部を創部した大和紡績福井工場(1995年9月閉鎖)に就職。サウスポーの剛球エース兼4番として1971年、和歌山国体で優勝。国体優勝の褒美で、祝勝ハワイ旅行で初めて子供の頃から憧れたアメリカの土を踏む。ここでゴルフ場を見学したのがきっかけでゴルフと出合う。ゴルフを始めた動機は
「アメリカに行けるかも知れない」というものだった。

まだまだこの時代の一般的な(庶民w)日本人にとって、アメリカは遠い国だった。
アメリカへの強いあこがれが彼女の人生を変えたんですね。

1972年に大和紡を退職後、1973年1月に池田CCに入社し、1974年10月に2度目の受験でプロテスト合格。この時「将来の夢は、アメリカに行ってプレーすることです」と答えたが、当時の状況では当然の如く、「やっとプロになったばかりで日本で1勝もしてないのに生意気」と先輩たちの反撥を買う。大和紡時代から、その時のための準備に毎月3万円の給料の中から、爪に火を灯すように貯金をしていた。アメリカで成功するまで実家にもほとんど帰らなかったといわれる。国内のトーナメント試合に欠場して、マスコミの批判を浴びたこともある

まだ海のものとも山のものともつかない頃、すでに遙かな未来を視野に入れて、夢はでっかくアメリカ。
この時代、このようなことを口にすることすらはばかられそうなのに、それをあっさり言ってのけたところが、後の「世界のアヤコ」、そもそもスケールのケタ違いな人だったんでしょうね。

このあたり、同じく海のものとも山のものともつかぬJr.時代に「俺はねー、アメリカで歌を歌いたい」とTV(少クラ)で言ってた仁とかぶる。あの番組は基本ジャニヲタしか見てないけどw、客観的に見ればアイドル王国・ジャニーズの、しかもデビューもしてないジュニアの分際で何を言っているかと思われかねないもの。

ところで、アヤコが大志を持って海を渡って戦っていたのに、国内のトーナメント欠場で批判を浴びたこともあったとは知らなかった。いいじゃん、大きなことを達成しようとするためには、時には捨てなくては(諦めなくては)ならないものもある。どうしてそれをわかってやらなかったんだろう。単なるヤッカミか?w

1981年、日本の女子選手では初めて本格的にアメリカLPGAツアーに参戦し。1982年から1992年の間、計17大会で優勝した。1985年には腰痛で引退の危機に直面したが、1986年に復帰2戦目で優勝。1987年にはアメリカ人以外で史上初のLPGAツアー賞金女王になった。同年、年間最優秀選手(プレーヤー・オブ・ザ・イヤー)も獲得。メジャー大会での優勝はならなかったが、単独2位を4度、2位タイを2度経験している。

女子ゴルフのみならず、戦後の女子スポーツ界に多大な足跡を残した人物。また、ジャンルは違えど、野茂英雄をはじめイチローや松井秀喜に代表される現在の日本人スポーツ選手のアメリカにおける成功の礎を築いた第一人者といっても過言ではない。


仁は・・・いずれは何らかの形で復帰してくるだろうとは思っている。
その時、昇りかけていたアメリカへの夢はどうなってるんだろう。

世界のアヤコだって、最初は純粋に(あるいは日本人の庶民的感情wとして)「アメリカに行きたい」というあこがれの気持ちだけでのスタートだったんじゃないかな?

仁だって英語を学んでいく過程で、あるいは夜のクラブ活動wの中で、ある意味純粋に「アメリカで英語で歌ってみたい」「大好きなハリウッド映画に出てみたい」と思うようになって、それが紆余曲折を経てようやく実を結んでいこうとした矢先だったと思うんだけど、どうでしょう?

振り向かずに行こう 遙かなあの未来へ
大きな夢運ぶ 僕らは時の旅人

つながってくhistory 受け継がれた情熱
この胸の誇りは 決して離しやしない


(中略)

Break out! 未来を 切り開く new story
Go ahead! 迷う暇はない 
Don't be afraid・・・Dream on・・・!


もう~、何度でもサマリーの歌詞思い出しちゃうよ。載せちゃうよw←
曲も好きだけど、この歌詞がめっちゃ好きやねん!

仁もこの歌を歌っていた時があった。
その時、もうアメリカへの夢を語っていた。

もう一度原点に戻って、たとえ困難な道のりであっても仁が進んでくれたら、こんなに嬉しいことはないのになぁ。
仁は早咲きの花だったけど、紆余曲折を経ての遅咲きの花になったっていいじゃーーーん!!
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伝えたい気持ち
はははw
もうとっくにお役御免wということもあり、ネタがないのを幸いに初披露w
4年前に初めて作った(といっても自分madeではなく、オーダーメイドw)仁うちわ。

ファンサが欲しいとかじゃないの。
ただ私が仁に伝えたかった気持ちです。


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夜中の独り言
10月のNY行きに備えて、参考までにKAT-TUNのNY写真集を引っ張り出して見た。
※さすがに9年も前で、仁はもうKAT-TUNのメンバーでもないし、今は状況が違いすぎて今さらロケ地を探して行こうという色気はないけどw

改めて見てみると、仁が・・・この時はNY初ショッピング(屋台でのプレッツェルみたいなやつ?)でちょっと言葉が不安だったのかスタッフに対して「・・・(すがる目)」をしていたらしい(笑)。
それが今じゃ英語ペラペラで、ついこないだまでアメリカ市場を目指そうとしてたんだもの。

仁が初めて心の中に海外志向を芽生えさせたキッカケの一つがこの時のNY行きだったのではないかと邪推wしている。
翌04年春頃には少クラで「アメリカで歌いたい」と言葉に出していたから。

この写真集撮影の7年後、ここNYに戻ってきて、本当に歌うことができたのに。

あーーーっ!なんかくやしいよ。くやしくてキィィーーーっ!!っていう気分。

映画の公開延期はさておき。

昨年がinputの年ならば、今年はoutputの年になるはずだったのに。(本人談)
アメリカと日本を往き来する年になるはずだったのに。(本人談)

アルバムこそリリースできたものの、まだ志半ばだよ。全然途中だよ!

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失礼しました。
前回の記事で、10月になったらミソギ期間終了してるかな~・・・などと脳天気なことを書いてしまいましたが、すみません。
今回のこのブランク、いつまで続くのか目安らしきものは基本的にはないんですよね(苦笑)。

強いて・・・敢えて何かを挙げるとしたら、「47RONIN」の公開・・・かも?・・・という程度。なのに、迂闊なこと書いちゃいけません。←オマエがなw

なんか最近ネット・・・特にツイッターで仁に関するあやふやなネタを目にして、それがRTされていくうちに、伝言ゲームみたいに真実とかけ離れていくかもしれない危険性を感じたり。

昨今の状況下、どうしても仁ファンは飢餓状態に陥りがちでw、少しでも望みのありそうな話に、それが事実かどうかはさておき、とりま、精神的についすがってしまう(面を孕んでいる)。

結果的に振り回されるのはファン。権限は実はないくせに、一見、権限のありそうな人が振りまく思わせぶりなネタには正直憤りを覚えます。だいたい、当の仁本人は何も言ってないのに(以下略

あと、英語の和訳も一歩間違えると、悪意はなくてもこうあってほしいという願望でファンに好都合な解釈(意訳)になってしまったり、さらにそれが元の英文から離れて和訳だけが一人歩きしていったり。

仁が事務所にちゃんと直談判すれば、会見なり、webのメッセージなり、それくらいできるはずという人もいるけど(←それはあながち間違いではないにせよ)、別に仁をかばうとかじゃなくてね、ここまで仁が沈黙を保ち続けているからには、良くも悪くもそれなりの「理由」があるんじゃないかと、ワタクシなんぞはもう諦めの境地w

詰まるところ、何を言っても推測になってしまいますが、何を言われてもどう思われても、仁に何一つモノ言わせないのも「干す」ことの一環か?と勘ぐってしまうワ。

あの~、俺のこと忘れないでね。

これからも赤西仁を応援してくだパイ。

・・・そんなことを言っていたのはそう昔のことではないのに、ずいぶん前のことのようにも感じますね。



※続きにちょこっと拍手コメントへのお返事を書かせていただいてます。

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10年目の夏
2012 盛夏。・・・もうすぐ立秋ですがw
フと気づけば赤西仁の存在を知ってから早いもので10回目の夏を迎えてます。

プロフィールにも記載しているように、2003年7月(B'zが出ていたから見た)MステでKAT-TUNを知りました
曲はFight All Night。
※後から思い起こせば、正確に言えばMステ初登場の時も見てたんですが(この時もB'zが出ていたため)、関心もなかったし、覚えているのはゆっちが「KAT-TUNのNやらせていただいてる・・・」と面白い自己紹介していたことだけ(笑)。ついでに言えば、「あの頃みんなJr.だった」というコーナーが設けられ、カツンの先輩方(主にキンキや嵐が多かったかな)がJr.時代に先輩のバックを務めていた時の映像特集もあったかと。

さて、何度かここにも書いたことですが、録画したビデオ、気がつけばB'zそっちのけで仁ばかり見るようになり。
それから仁の名前やプロフィールを知りたくなってPCで検索しまくりw
当時はファンのブログなど数えるほどしかなく、しかもジャニーズの掟で写真使っちゃいけないからw絵の得意なブロガーさんのイラストで仁の名前を一応把握したものの、なにぶんにもイラストなので(写真なら顔がはっきり確認できるけど)本当にあの子が赤西仁という名前なのか、いまいち確信が持てなかったりして(笑)。

いやいや、19歳にして醸し出されるまるで“堕天使”のようなエロス(本人「♪堕天使がナイフで突き刺してくる」と歌ってたしw)、赤西仁という名前がピッタリ、ていうかあの子の名前が赤西仁じゃなくていったい何であろう!と自分を納得させたりしてw

とにかく、仁(Jin)という名前とその響きがとても素敵セクシーで、まさに彼にふさわしい名前に思えたんです。

しかし、まだ二十歳にもならないジャニーズJr.が実は気になるなんて、なかなか人には言えなかったなぁ。

今じゃ2つ行ってる美容院の担当美容師さん、よく利用する洋服屋の私のコーディネート担当wのスタッフさん、ピアノの先生(あ、健人の影響で最近ピアノ習い始めたのw)等々、友達以外にも別に言わなくてもいいような人までみんな私が仁のこと好きなのを知っているw
仁が結婚した時なんか皆さん一様に「アマノンさん(とは言わないが便宜上w)、どうするんだろう?」とご心配くださって(笑)。

まぁ最初の3年くらいはJr.の追っかけ方(例えばどういう番組に出てるとか、その活動の内容)なんて全く知らなかったし、CDデビューしてからもライトなファン留まりで、本格的に好きになったのは留学してからですが。
本格的に好きになったのは、なんとしてもこの才能ある子をこのまま埋もれさせてはいけない、という気持ちが強いモチベーションになったから。

このブログ(PC画面のみ)に設置している世界時計は、仁がいつ世界のどこに行ってもいいように(こちらではせめて現地の生活時間がわかるように)今でも設置している。 いつかまた仁が世界を股にかけた活動ができることへの願いも込めて。


10月に夏休みで1週間ほどNYに行く予定です(もう予約しちったw)

私が海外に行くと仁に何か起こる・・・!?
ちなみに前回4年前にLA行った時はFライデーされた(爆)←そっちかww

結局たいした話題ではなかったけど(←)、中途半端に情報が伝わってくると、蛇の生殺しじゃないけどwやっぱり詳細を知りたくなって向こうでヤキモキしたなぁw

ともあれ、10月といえば例のドラマも終わってるし、休業入ってから半年くらい経つ頃。ぼちぼちミソギ期間も終了してるといいんですが、どうでしょう。

あっ! てか10月に何か起こるといえば、その頃にお子様生まれますねw
What time is it in the world?
で、世界で活躍してくれんの?
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Author:アマノン
2003年7月25日のMステで仁と出会う。ジャニーズのくせにビブラートをかけられる歌声に感心し、なおかつ誰よりもしなやかな腰使い(笑)のダンスに心底魅せられる。以来3年間、密かにライトなファンを続けるも、2006年10月以降「休業」による飢餓感から某tubeで過去映像を漁り、仁に完堕ちして現在に至る。
自分の視点で仁への思いをブチまけたくて始めたブログです。
東京都在住。出版社勤務。

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